TORU HAMADA

FACTORY

作業場風景
商店街に大型彫刻を展示する意味

愛媛県美術館で去年の二月から三月末にかけて筆者の個展が開催されました。

総入場者数は五、七八七人。地方美術館における一現代作家の展覧会としては、なかなかの結果であったと思います。

その同じ時期に、松山市の大街道というアーケードに覆われた商店街に八点の大型彫刻を展示しました。
美術館や公園などの〈彫刻と予定調和のある空間〉ではないところに、御影石や大理石、鉄などの彫刻を並べ、雑多な空間のなかでそれらがどんなふうに見えるのかを知りたかったのです。
普段の生活では見ることもないような大きな作品を、ざわざわとした人混みの中にゴロリと置いたとき、一般のひとびとがどのように反応するのか、興味がありました。

巨大な石の塊には、素晴らしい存在感があります、われわれの魂を揺さぶる強い力に溢れています。それは、われわれが日頃ないがしろにしていた〈自然を畏れる心〉を蘇らせるものです。
ただ、この商店街は歓楽街にも隣接しているので、夜も更けると酔っぱらった若者たちが彫刻によじ登るのです。大きな石の魂に魅せられるのか、お酒が入って抑制がなくなると、高い所に登りたくなるのでしょうかね。一部始終、すべて監視カメラに写っておりました。
しかし、作者としては茫然と指を咥えているわけにもゆかず、一計を案じて以下のような文章を書いて作品の横に立てておきました。
「作者の言葉  中国、山西省で十五トンの黒御影石を切り出し、廈門(アモイ)の工場で制作をして、ここ大街道にこの作品を設置するまでには、何カ月もの月日と何十人もの人々の協力を必要としました。もしこの十トンの作品から少しでも心に触れるものを感じるならば、この上に登ったりしないでください。」
ですが、そのあとも相変わらず若者たちが彫刻の上に登っているようでしたからこの文章の効果はまるでなかったのでしょう。(笑)

またある週末、わざわざパリから私のコレクター氏が展覧会を見に松山まで来てくれました。商店街には「濱田亨展彫刻インスタレーション会場」の横断幕やら立て看板があります。ところがその日はたまたま、特別イベントのマジンガーZやら鉄人28号やら鉄腕アトム(すべて塩化ビニール製也)などが、堂々展示されていた時でした。 華々しく柵で囲われて、しかも監視員まで付いています。それはそれはたくさんのマニアたちがこのフィギュアを囲んで写真を撮りまくっています。
そこを通りかかったコレクター氏が、この熱心な(enthousiaste)群衆が私の作品に熱狂しているのだと思っても、彼を責めるわけにはいきますまい。
ひとごみをかき分けて覗いて見たときの驚きを、誠に残念ながら私はそこにいなかったので、味わうことができませんでした。

私の彫刻は、たくさんの自転車を立てかけられた中に埋もれていたそうでありました。

しかしある日、愛媛新聞に次のような投書がありました。
〈大街道商店街は校区内のためよく通るのだが、ここで松山市出身の彫刻家、濱田亨先生の作品展が開かれており、商店街の雰囲気が一変した。日常の中で毎日、芸術作品に触れあえる環境はまるでヨーロッパの国のようですてきだ。私は作品展がきっかけで先生の作品に興味を持ち、県美術館で開かれている「濱田亨展」を見に家族で出かけた。
カラフルでかわいらしくて、自由な雰囲気の作品は素晴らしく、私は大ファンになった。それからは、彫刻を目にするたびに「私も世界に羽ばたく人間になりたい!」と勇気をもらっている。中学生・以下略〉

わたしは、この少女一人のためだけにでも、この商店街で彫刻を展示して本当によかったと思いました。


上記は、[視覚の現場‐四季の綻び Vol 5]に寄稿した文章に加筆したものです。(作者)

2010年10月6日に、松山市中央公園に私の彫刻を設置させていただきました。
題して「帆を上げよ!」
以下はそのプレートです。

人にとって大事なものがある。そのひとつは<心の輝き>である。
素直で柔軟なこころを持っていれば、毎日が新鮮な驚きに満たされる。
毎日朝が来るのが待ち遠しくて、日々が小さな冒険に溢れている。

そうしてもう一つは〈自分の星を信じること>である。
自分の持っているすべてのもの、いやそれだけではなく、自分がこれから
手に入れるかもしれないであろうものをも、すべて賭けた一生に一度の大冒険。
自分の星をだけ信じて、未知の海原へ、さあ旅立て!
自分という船に、夢と勇気と自信だけ積み込んで、さあ準備はできた。

「帆を上げよ!」